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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)602号 判決

控訴人

株式会社大阪読売新聞社

右代表者代表取締役

坂田源吾

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

谷沢忠彦

島田和俊

飯田和宏

藤本清

被控訴人

甲野太郎

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

1控訴会社が日刊「読売新聞」を発行する新聞社であるところ、昭和五四年六月二六日同日付朝刊社会面に原判決末尾添付の別紙二のような記事(本件記事)を掲載し報道したことは当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実によれば、本件記事は、その詳細は暫らくおき、その見出しに「内職に覚せい剤密売、主婦らにさばく、和歌山保険金詐欺の甲野ら」との文言と被控訴人の氏名を付した顔写真等とを付したもので、その内容は、要するに、詐欺容疑で逮捕ずみの被控訴人ほかの者が覚せい剤取締法違反の犯罪も犯していたことを報道するものであつたことが明らかで、このことと控訴会社発行の「読売新聞」が少くとも関西一円において多数部購読されている一、二を争う大新聞であること(当裁判所に顕著な事実)とを総合すると、一応、本件記事は被控訴人の名誉を毀損するものであると解すべきである。

もつとも、一般に、民法(不法行為法)上名誉毀損とは人の品性、徳行、信用等についての社会的評価を下落させることをいうのであつて、単にその者の主観的名誉感情を害したことだけでは足りないと解すべきであるところ、被控訴人は本件記事が報道された当時、後記認定のとおり、和歌山市内で贈答品販売会社を経営していたものの、実は冷酷非道な方法による有価証券偽造、同行使、詐欺、自殺教唆未遂、殺人未遂の各罪を次々と犯していたもので(後日懲役六年の実刑有罪判決が確定し、現在服役中)、この犯罪事実については控訴会社も別紙一記載のとおり本件記事の報道される直前である同年五月一〇日から六月二五日まで実に一〇回にわたり社会の耳目をひく重要犯罪として詳細に要部真実の報道をしており、もとより他の大新聞社もほぼ同様の報道をしていたことが認められ、これらの事実によると、被控訴人の本件記事掲載当時における名誉すなわち社会的評価はすでに相当の程度において客観的に低いものであつたといわなければならず、はたしてこのような犯罪者がさらに別個の犯罪の被疑者として報道されたからといつて如何なる意味および程度において名誉を毀損されたか疑念なしとしないところであるが、右の点は、控訴会社の本件報道行為の実質的違法性の程度ないし違法性阻却事由の存否等について検討すべき諸般の事情の一つとして考慮するのは格別、これを名誉毀損の成立自体を否定する事由とするのはなお困難であると考える。

2そこで、次に控訴人の違法性阻却の抗弁について検討する。すなわち、名誉毀損行為がなされた場合でも、(イ)当該行為が公共の利害に関する事実に係り、もつぱら公益を図る目的に出た場合において、(ロ)摘示された事実が真実であることが証明されたときはその行為は違法性を欠き、不法行為は成立しないから(最高裁昭和四一年六月二三日一小判決民集二〇巻五号一一一八頁)、以下この点について検討する。

まず、右(イ)の点については、本件記事は、前記当事者間に争いない事実によつて明らかなとおりその内容は犯罪容疑しかも社会的にも恐れられておりその利用者の心身上に深刻な悪影響を与える結果になる覚せい剤取締法違反の犯罪に関するものであるから、その記事内容ひいてはその報道行為が前記(イ)に該当することは多言を要しないところであり、これを単に興味本位の人身攻撃記事と解することはできない。

3そこで、次に項を改め前記(ロ)の点すなわち真実証明の存否について考える。

(一) ところで、新聞記事の内容が人の名誉にかかわるもの、ことに犯罪にかかわるものであるような場合には、記事はできる限り正確であることが望ましく、いやしくもその内容に興味本位に走る等のため前記公益の目的を逸脱するような不正確、非真実が存することは可及的に避けられるべきであるが、他方、新聞報道が本来有する表現の自由、迅速性の要請等もこれを無視すべきではないから、前記真実の証明については、当該記事内容のすべてについて細大もらさず真実であることの証明を要求するのは相当でなく、その主要な部分においてこれが真実であることの証明がなされれば足りると解するのが相当である。そして、当該記事の主要部分如何を判断するについては、前文、本文の内容のほか、見出しのレイアウトとその内容、写真の取扱い等を総合的に勘案し、これを一般読者が普通の注意と読み方で読んだ場合の印象を基準としてこれをなすべきである(最高裁昭和三一年七月二〇日二小判決民集一〇巻八号一〇五九頁)。

そこで、これを当事者間に争いない本件記事についてみるに、〈証拠〉によれば、本件記事は当日の読売新聞朝刊一三版二二面の社会面左寄り上欄部分に掲載されていることが認められるところ、まずこれを一見すると、冒頭の「内職に覚せい剤密売」という五段抜きの大見出しがひときわ目につきやすくなつており、その活字の大きさは八・五倍呉竹体相当の板活字であり(活字の大きさの名称については様式により真正に成立したと認める乙第七三号証参照)、この大見出しは同心円状の模様が重ねられることによつて、さらに強い印象を読者に与えていること、次に行を改めて六・五倍明朝体活字による「主婦らにさばく」とあり、また行を改めた小見出しに六倍明朝体活字による「保険金詐欺の甲野ら」とあり、これらとともに各約二cm×三cmの被控訴人、乙野の名を附した顔写真二枚および約六cm×九cmの被控訴人経営のT産業ビル写真一枚を配していることが認められる。そして、次に、記事内容を一読するに、まずその前文四行において、要旨「四億円にのぼる保険金詐欺事件の主犯被控訴人の経営するT産業は贈答品販売の看板を掲げながら実は覚せい剤の大がかりな密売組織であることを警察がつきとめたが、その数量は計八kg、末端価格で二四億円にのぼる。」ことを、本文も二段記事によりほぼ同旨の記事が、ただその発覚がT産業専務乙野の薬局経営Aに対する覚せい剤八グラムの販売がAの自首によつて判明したものであることと警察はその取扱い量を二回にわたり八キログラムとも、一〇回にわたり二〇キログラムともみていることを含め掲載されていることが認められる。

そして、以上の認定事実によると、本件記事を一見一読した一般読者市民は、要するに、「保険金詐欺事件の主犯である被控訴人は実は別途自己経営にかかるT産業の専務乙野とともに大量の覚せい剤をも取り扱う覚せい剤取締法違反の罪をも犯していた。」という点に強い印象を受けたと解され、それゆえ、本件記事の眼目ないし主要部分も右の点にあつたと解するのが相当である。もつとも、この種犯罪に特段の関心を有する者にとつては本件記事中のその取扱量も相応に正確に印象に残ることは否みえないところであるが、本件記事においては、最も読者に強い印象を与える見出し部分には取扱量の記載が全くないことに照らすと、前文、本文中の取扱量に関する記事は一般読者には必らずしも重要なものとは映らず、要するに、被控訴人らは大量の覚せい剤を取り扱つたとの概括的な印象を残すにすぎないと解すべきである(なお、以上の帰結については、〈証拠〉によれば、控訴会社が通常覚せい剤取締法違反事件を報道する場合にはその見出し部分においてその量と価格を明示し、一般読者に対しその正確な取扱量をも印象的に訴えていること控訴人主張のとおりであつて、本件においてはこれら通常の場合の記事と本件記事との取扱い方の相違にも想到すべきである。)。のみならず、本件記事の主要読者と考えられる配達による継続一般読者については、本件記事が掲載された当時の被控訴人にかかる同種関連記事をも考慮しその一環としての当該記事が読者に与える印象を検討すべきであるところ、〈証拠〉によれば、控訴会社は、被控訴人について、昭和五四年五月一〇日から同年八月一七日まで本件記事をはさんでそのほかに前後一八回(本件記事報道直前までは一〇回)にわたつて別紙一記載のような被控訴人らに関する冷酷異常な犯罪記事を連続的に掲載してきたことが認められるところ、〈証拠〉によれば、被控訴人は当時少くとも別紙二記載のような罪を現実に犯し、昭和六〇年四月九日当庁において主要犯罪について頑強な否認を続けていたにもかかわらず懲役六年の実刑有罪判決の言渡しを受け、上告をしたが、やがて上告棄却の決定により右裁判が確定したことが認められ、このような点を彼此対比すると、前記被控訴人に関する一連の犯罪記事はもとよりその要部において真実であり、本件記事が報道された当時控訴会社発行新聞の一般継続読者はすでに被控訴人について高額の保険金目当てに同僚に自殺を教唆する等の異常かつ冷酷な罪を犯した疑いのある者として強い印象を抱いていたことが明らかであり、本件記事の読者はこれらの点を前提としてこれを読んだのであつて、この点をも考慮すると、一般継続読者が本件記事によつて与えられる印象ひいては本件記事の要部が前示のとおりであると解すべきことはさらに明白であるといわなければならない。

(二)  よつて、次に、以上のような見地に基づき、本件記事内容の真実性についてみるに、昭和五四年五月和歌山県警当局が丙野と被控訴人を有価証券偽造、詐欺の疑いで逮捕したこと、被控訴人が同年六月二八日自殺教唆未遂、詐欺罪で起訴されたこと、同年六月二二日和歌山市太田の薬品販売業訴外丁野が覚せい罪粉末八グラムを持つて保安課へ自首したこと、捜査当局は物証を得たことから同年六月二五日乙野を逮捕したことはいずれも当事者間に争いがないところ、右事実に、〈証拠〉を総合すると、本件記事に関する覚せい剤事件の捜査経過および被控訴人と覚せい剤とのかかわりについて以下の事実が認められる。

(1)  和歌山西警察署は昭和五三年初ころから所轄管内において覚せい剤の密売ルートがあるとの情報を得て内偵を開始したところ、その捜査上に、同年二月九日設立された株式会社T産業の代表取締役である被控訴人、同取締役である乙野、丙野らの名前が挙がり、更に逮捕した暴力団関係者らの供述により右丙野宅において覚せい剤の取引が行なわれたとの情報を得たことから強制捜査に踏み切り同年九月六日捜索差押許可状の発付を得て同宅に対し捜査を実施したところ、覚せい剤が微量付着した計量器、ビニール袋を押収することができたが、覚せい剤自体は発見できなかつた。この結果に鑑み、西警察署は覚せい剤事案の捜査の常道に従い右件に関するそれ以上の強制捜査を断念することとし、内偵による捜査にきり換え更に情報の収集に努めたが、有力な証拠を得られなかつたため同年末には一旦右件に関する捜査を打ち切つた。

(2)  ところで、右覚せい剤に関する件とは別に、昭和五三年六月一四日丙野が和歌山県伊都郡九度山町丹生川九八〇番地先路上で普通貨物自動車を運転中同車と共に約一〇〇メートルの崖下に転落した事故を起こした事に端を発し、和歌山県警本部は捜査の結果右事故が被控訴人による保険金目当ての事件との容疑を固め、同五四年五月被控訴人と丙野を有価証券偽造、詐欺の疑いで逮捕し、和歌山地方検察庁は同年六月二八日被控訴人を自殺教唆未遂、詐欺罪で起訴した。

(3)  右詐欺等の事件で被控訴人が逮捕勾留中であつた昭和五四年六月二二日、和歌山市太田の薬品販売業丁野が覚せい剤の粉末八グラムを持つて県警本部保安課へ自首して「乙野から右覚せい剤を預かつた」旨自供したことから、県警本部保安課は再び右乙野らに対する覚せい剤取締法違反被疑事件に対する捜査を開始し、同年同月二五日朝方乙野を、「同五三年七月二〇日ころT産業の事務所で右丁野に対し覚せい剤の粉末約七・八五グラムを譲渡した」との被疑事実で逮捕するとともに、前記同日午後〇時半過ぎころ県警本部二階県警記者クラブにおいて県警保安課松本拓警部が報道関係者に対し乙野の逮捕に関する事実を公式発表した。

(4)  乙野は逮捕後六月二六日勾留処分を受け七月一四日まで身柄を留置され右覚せい剤取締法違反被疑事件について警察と検察庁による取調べを受け、右丁野への覚せい剤譲渡は被控訴人の指示に基づくものであること、この他にも昭和五三年五月ころ丙野宅において戊野に対しても同様被控訴人の指示により二〇グラムの覚せい剤を譲渡したことがあること、右譲り渡した覚せい剤はいずれも被控訴人が同年五月ころBから価格八〇〇万円で仕入れた覚せい剤一キログラムの一部であること、被控訴人は右仕入れた一キログラムの覚せい剤の一部を密売したものの大部分は代金の決済ができなかつたこと等からCに奪い取られた旨の供述をした。

一方当時被控訴人に対して同人を被疑者とする殺人未遂事件の捜査を担当していた和歌山警察署は右丁野、乙野の自供を得たこと、更にC、Dらの右覚せい剤事件に関連する供述も存在したことから、被控訴人に対する覚せい剤取締法違反についての取調べを開始し同年七月一九日付で被控訴人から「同五三年五月中旬から六月初旬のころにかけて右Cの知人から覚せい剤一キログラムを入手し、内約二〇〇グラムを密売した」旨のおおよそ前記乙野の供述と一致する供述を得た。

(5)  しかしながら、右自供の存在にもかかわらず警察と検察庁はT産業に対する捜索を実施したのみで、以後被控訴人らに対する覚せい剤取締法違反事件についての捜査はなされなかつた。

以上の事実が認められる。被控訴人は原審における本人尋問において前記(4)の昭和五四年七月一九日の自白事実を否定し、該自白調書(乙第八号証)の存在のみならず、自己の署名自体をも否認しているが、前掲各証拠に照らし措信することができない。

そして、以上の事実を総合すると、被控訴人が一キログラム前後の覚せい剤の取引に関与したことを認めることができ、右一キログラムという量は覚せい剤の取引量としては末端小売りの量を優に越える大量であると解すべきである(控訴人は、以上のほか、被控訴人の取扱量が合計八キログラムまたは二〇キログラムであることも所論乙第六号証のチャートによつて証明されている旨主張するが、警察当局の内部資料だけで控訴人主張のような証明ありとすることは困難である。)。もつとも、右被控訴人の所為についてはその後公訴の提起がなく、被控訴人も本訴においてこの点を強調するのであるが、公訴の対象とならなかつた被疑事実ないしは犯罪事実は民事裁判所が証拠によりこれを認定することができないとしなければならない合理的理由はなく、かえつて、〈証拠〉によると、右の点については、公訴の提起がされなかつたにもかかわらず、当庁における前掲刑事判決においてもその詳細な説示のなかでほぼ同旨の積極的な事実認定をしているところであること控訴人主張のとおりである(当審における主張1(3)後段)。

以上のとおりであるから、本件記事の内容中には、被控訴人の取り扱つた覚せい剤の量について証明された真実を越える不正確な部分の存することは認められるが、上来説示のとおり、本件記事においては、取扱量に関する部分はそれが大量であるという以上にその正確な量如何を眼目としたものではないほか、その他の記載部分は真実というに十分であるから、結局、本件記事はその主要部分について真実の証明が存するものと解すべきである(なお、「主婦らにさばく」の見出し部分も、必らずしも、真実の証明ありとは解し難い部分であるが、右表現の趣旨はこれにより一般市民を例示したという域を出ず、いずれにしても、被控訴人の名誉との関係では要部とは解し難い。)。

(三)  そして、本件においては、以上のほか、被控訴人が本件記事掲載当時すでに前示のような異常かつ冷酷な罪を犯した者であることについて公知に等しい状況であつたため、その名誉ないし社会的評価自体格別に下落していたものと解されること、および控訴会社の本件記事による報道行為の違法性ないしその阻却事由の存否については右のような被害法益(本件では被控訴人の名誉)の性質内容等をも考慮してこれを決すべきであることは冒頭1後段において説示したとおりであつて、以上のような諸般の事情を総合判断すると、本件における控訴人の違法性阻却の抗弁は、結局、理由があるというべきである。

4そうすると、控訴会社の本件記事による報道は、いまだ被控訴人の名誉を毀損する違法行為と断定することはできず、それゆえ、被控訴人の本訴請求は爾余の判断をするまでもなくすべて失当として棄却すべきである。

よつて、一部これと異なる趣旨の原判決は変更を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富 滋 裁判官畑 郁夫 裁判官遠藤賢治)

別紙一 (控訴会社発行紙に掲載された関連記事の内容)〈省略〉

別紙二 (被控訴人の刑事裁判上確定した犯罪事実)

1 丙野と共謀のうえ、架空人である梶村忠司振出名義の小切手を偽造し、これを丙野の債権者に交付して債務の支払を一時猶予させようと企て、丙野において、昭和五三年二月一二日ころ、和歌山県伊都郡○○○町×××番地の同人方自宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、被控訴人が用意した和歌山信用金庫橋本支店発行の小切手用紙二枚及び梶村と刻した印を用い、小切手用紙の振出人欄に「橋本市橋本一丁目一八―四梶村忠司」と冒書し、その名下に梶村の印を押捺し、その一枚の金額欄に「拾六万円也¥160000」振出日欄に「昭和五三年二月二一日」、他の一枚の金額欄に「拾壱万円也¥110000」振出日欄に「昭和五三年二月一九日」と各記入し、もつて梶村忠司振出名義の小切手二通を偽造したうえ、翌一三日ころ、右偽造にかかる額面拾六万円の小切手一通(昭和五四年押第九一号の二)を○×市×△△番地N方において同人に対し、額面拾壱万円の小切手一通(前同押号の四はその写し)を同郡○○○町△△△番地H方において同人に対し、いずれも真正に成立したもののように装つて、右両名に対する丙野の各額面金同額の債務の支払名下に交付して行使し、右両名をしてその旨誤信させ、よつて右各債務の支払をそれぞれ一時猶予させ、財産上不法の利益を得た事実。

2 C、Dと共謀の上、被控訴人がKを被保険者とし、被控訴人経営の有限会社Iを受取人として第一生命保険相互会社との間で締結していた災害死亡保険金額一億二〇〇〇万円の生命保険金の入手を目的として、交通事故に偽装しKを殺害しようと企て、Dにおいて、昭和五三年四月七日ころの午後一二時ころ、奈良県五条市上之町五九一の二五番地金剛トンネル東出口から東方約三キロメートルの道路上で、Kが同市内から大阪府河内長野市に向け軽四輪貨物自動車を運転して通行するのを待ち伏せ、同車右側ドア付近に自己の運転する普通乗用自動車前部を二回にわたり衝突させて路外斜面に転落させ、斜面途中の雑木に引つかかつた右車両から脱出して道路にはい上つたKに向けて更に右自動車を発進させて殺害しようとしたが、同人が付近の道路標識の陰に身を避けたため、殺害の目的は遂げなかつた事実。

3 丙野を被保険者とし、被控訴人経営の株式会社T産業を受取人として第一生命保険相互会社との間で締結していた災害死亡保険金額五五〇〇万円の生命保険金の入手を目的として、交通事故に偽装し、丙野に自殺を決行させることを企て、昭和五三年六月一四日午後二時ころから同七時二〇分ころまで、和歌山県橋本市×△○○×番地の一の被控訴人方から同県伊都郡九度山町丹生川九八〇番地に至る間を走行中の自動車内等において、右丙野に対し、当時同人が多額の負債を負うていたことについて、「あんたは命をささげてあとに残つた者が生活できるようにしてやるのが一番いい。会社であんたに掛けている五五〇〇万円の保険金が入れば、自分が半分もらい、残りで借金を払つてやる。奥さんの手元に五〇〇万か六〇〇万円は残る。あとのことは心配いらない。」との旨、執ように申し向けて自殺を教唆し、同人をして自殺を決意させ、その結果、同人は同日午後七時三〇分ころ、右九度山町丹生川九八〇番地先道路において、自己の運転する普通貨物自動車もろ共、約一〇〇メートルの崖下めがけて転落したが、加療約一四一日間を要する第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負つたにとどまり、自殺を遂げるに至らなかつた事実。

4 丙野と共謀のうえ、同人が昭和五三年六月一四日和歌山県伊都郡九度山町丹生川九八〇番地先路上で自動車を運転中故意に自殺を図り転落事故を起こして加療一四一日間を要する第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負つたのに乗じ、保険金を騙取しようと企て、同年一〇月二〇日ころ、同郡高野口町名倉字城跡一〇一七―四二五所在第一生命保険相互会社高野口支部において、窓口係員Oに対し、同会社との間に被控第人が経営する株式会社T産業を保険契約者兼保険金受取人とし、丙野を被保険者とする保険金五五〇〇万円の災害特約付生命保険につき、前記事故の内容を偽り、丙野が過失により転落事故を起こし入院加療を受けた旨申立てて給付金の請求手続をし、その請求の審査を担当した前記第一生命保険相互会社災害給付係担当副長Sをしてその旨誤信させ、よつて同年一一月九日同市市脇一丁目一番二一号所在の前記株式会社T産業事務所において、前記第一生命保険相互会社高野口支部係員Yから右給付金名下に現金一二〇万円の交付を受けてこれを騙取した事実。

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